December 2008アーカイブ

The Best Samsa Shop @ Samarkand 

12月30日: 
7:00起床。 今日はいよいよシャルク号にのって20世紀の初頭までハーンによる王朝国家が存在したブハラまで行く。1920年の革命以降、共和制国家となりその後ソビエト連邦に呑みこまれ、社会主義国家を経て現在はウズベキスタンの一州としてある。サマルカンドを発つ前に最後の散歩へと繰り出した。宿の近くを漫ろ歩いていると近くの民家から良い香りが漂ってくる。よくみると民家の外壁の一部に1.0m角の開口があけられ、中で男が二名でせっせと何かを焼いている。歩み寄るとサモサであった。看板も何もない突如として現れたサモサshop。よくみると入口から除く室内はかんたんな食堂のようである。そっけないインテリアが可愛い。店の女主人が現れた。カメラを向けると珍しく照れて撮影はよしてくれのポーズ。代わりにサモサ焼きの男たちは微笑みとポーズをきめて撮影に応じてくれる。女主人はその代り・・・というように子供たちをつれてくる。可愛らしい女の子と腕白そうな少年たち。撮影大会をしているとサモサオヤジがこちらに入ってこいと手まねき。中に入るとそこは土で作られた大釜。簡単な調理器具がおける台のみ。私たち3名が入るために1人のオヤジは外に出ることに。中には玉ねぎの甘く香ばしい香りが充満していた。徐にオヤジが釜の蓋をあけ、中からアツアツのサモサをくれた。ドアの外にいたオヤジが何かを言っている。どうやら調味料の説明をしているみたいだ。酢とチリソースで食するのだ。「美味しい!」ものすごく美味しい。オヤジたちは「国かえったらこの店の噂を流してくれよ」という「勿論だ」「ココはサマルカンド一のサモサshopだと伝えるよ」そんな会話をしているうちに旅立ちの時間が近づいた。

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12月29日: 
9:00起床。一晩中稼働している暖房により、部屋の中はすごく乾燥している。でも内陸の町・サマルカンドで暖房を消して睡眠をとったら、それこそ凍死してしまう。カラカラに乾いた口の中を潤すため、嗽をしに洗面所へ。皆も起き出し、身支度を整えて朝食に・・・。昨夜見た食堂のチャイハナ席で朝食を採る。良い感じ。素朴なメニューも大変、満足。朝の散歩に出かけるためにフロントで鍵を預けたり、city mapをもらったりしていると日本人の母子がチェックアウトをしていた。話しかけると関西から母子二人で来ているらしい(娘は高校生とのこと)私たちと同日にウズ入りした彼女たちは、やはり濃霧のためタシュケントに降りられず、なんと隣国タジキスタンにて12時間もの空港難民を強いられたらしい。その後、タシュケントへは向かえず、サマルカンドでなんとか入国したとのこと。どうやら国営のウズairの国内着陸を優先した結果、空港が満杯になってしまい、隣国への着陸を已む無くされたらしい(彼女たちはアシアナを利用とのこと)。ここにきてウズairを選択したことを急にラッキーなことのように思えてくる。
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12月28日: 9:00起床。前日までの濃霧が嘘のように晴れた。晴天とは言わないが、とにかく霧はどっかへ消えてしまったのだ。ホテルの部屋の窓から見える景色も全然違う印象に。今日はいったんタシュケントを離れて、内陸の町サマルカンドへと出発する。国内線で向かうのでチェックインをして一路、飛行場へと向かう。TAXIでタシュケントの町を走ると昨日の徒歩でのおさらい含め、なんとなく町の大きさが実感できてきた。飛行機は昼に飛ぶ予定。空港についてチケットカウンターに向かう。・・・とここで、またまた大事件が。なんとフライトの時刻を間違って認識していたらしい。飛行機は9:30に離陸していた。私たちが空港に到着したには10:30 くらい。すでに1時間が経過している。でも、時間に不正確なウズもしかして・・・て思い、訪ねてみると、今回に限ってキッチリ定刻通りに飛んだらしい 涙。その日のサマルカンド行は21:00までもうないらしい。。。なんとか日本円で¥1200/人ほど追加料金を支払い、夜便をおさえた。ポッカリ半日のフリータイム。荷物を空港の手荷物預かり所において、路線バスにて昨日のリベンジ、チョルソーバザールへと再び向かった。くしくも本日は 2008年最後の日曜日。バザールの最も華やかに盛り上がる日にちがいない。(月曜日はバザールが休みなのだ。本当にこの日が日曜日でよかった)

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現地時間 5:00:
ようやく最初の宿泊先であるRadisson SASへと到着。が、しかし、ここでもトラブル発生。なんと予約がない!そんな馬鹿な。Y子女史の堪能な英語力によって色々と交渉をしてみると、どうやら二名での予約が入っているもよう。バウチャーもあるのに、なんの効力も示さない。今回、私は冬の中央アジアへ旅するにあたって、最初の宿は、その後の辛い旅程を想定して、ちょっと奮発したのである。ヨーロッパにチェーン展開をする中堅のホテル。そして今回は3名ということと、円の強さに後押しされてジュニア・スイートを予約していたのである。今回の宿でココのみ既に支払済なのだ。なのに、ホテルの支配人(らしき男)は追加で$200.00支払えば望みの部屋へ泊まれると宣った。朝の五時では宿の手配をしてくれたADVANTOURのIrinaとも連絡がとれない。とにかく$200.00をキャッシュで支払い、我々は温かいシャワーとフカフカのベッドに潜り込むことに決めた。後は目覚めてからの勝負だ。
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12月26日:
いよいよウズベキスタンへの旅行に出発。予算の節約やら物珍しさから今回は週に2便しか就航していないウズairを使ってウズ最大の都市・タシュケントまで飛ぶことにした。見たこともない飛行機に乗るのはワクワクするものだ。たとえそれが(後から実体験するのだが)大方の日本人の飛行機に対するある種のステイタスを裏切るようなサービス無、生命の不安を呼び起こされるような代物だったとしても・・・。空港でY子女史とS嬢と落ち合う。辺境好きの3人衆なので、本当にテンションが高い。まずはお目当てのウズairのチェックインカウンターを探す。当然のことながら、週2便、しかも成田-タシュケント(関空経由)のみという超マイナー航空会社なので専用カウンターなどなく、ANAが代理カウンターを設置している。(一応、スターアライアンスの提携航空会社なのだ)そんなマイナー路線でありながら、カウンターはなかなかの混みよう。圧倒的に欧米人(っぽい人)が多い。どうやら、この安い飛行機はアジアから中央アジアを経由してヨーロッパに戻るバックパッカーの御贔屓路線らしいのだ。兎にも角にも手続きを済ませて、遅めの朝食を採るべく、空港内にあるsoup stockへと向かった。

10:15:
特に遅れることなく、無事にHY528便はタシュケントへと向けて飛び立った。機内は安旅を続ける人間が発する独特の空気とシルクロードを巡るツアーの客だろうか?そんな人たちのまき散らす空気は確実にヨーロッパ路線とは違う雰囲気に包まれていた。とにかく一通りの食事・映画・読書などを終えて、眠りにつき、次に目覚める時にはまもなくタシュケントだろうと思いつつ睡魔に吸い込まれていった。
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Kite-boy Diary/少年カイト
Kyoco Taniyama WEB
3191 Miles Apart
2 et 10

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